血液一滴でがん検査ができる方法が話題になっています。私は医師としてはもちろん個人的にも線虫を使ったがん早期発見検査の方が興味があります。
本記事の内容
次から次と開発される「がん早期発見ツール」、良いことのはずだけど問題点は無いのか?
尿を一滴検査するだけで、がん早期発見が可能であれば患者さんの肉体的な負担も金銭的な負担もかなり軽減されると思われます。
簡単にがんを早期発見することが可能な検査方法の実用化はよろこばしいことであっても、実際に日常の診察で使用するツールしてはいくつかの問題点が残されています。
この尿一滴を使うだけで、がんの早期発見ができる検査方法は以前、医師以外に乱用された辛い歴史がありました。
何を思ったか、どんなつもりだったのか、美容室でがんの検査が行われていたのです。いくら手軽にがん検査ができる方法が開発されたとしても、最終的な診断が美容師さんにできるはずもなく、診断してしまったら医師法違反で即アウトです。
このブログをお読みになった広津先生から「皆さんが騙されることのないよう注意喚起を行っております。美容室で臨床研究や検査をすることはあり得ません」とのメールをいただきました。
長い長い道のりを経て、広津崇亮先生(今では「HIROTSUバイオサイエンス」の代表取締役)の夢が実用化されることが、信頼度が高いとされているヨミドクターで取り上げられました。
素晴らしいことだと思います、広津先生を私は応援しています⋯でも、町医者としてはいくつか気になる点がありますので、ブログを書きながら自分自身の知識の整理をしてみます。
がんを見逃す可能性もあります
がんを早期発見すると言われている血液検査の場合でさえいくつかの問題があります。一番問題となるのは「がんを見逃すこと」です。がんの腫瘍マーカーと呼ばれている、人間ドッグのオプションで選択できることが多いですよね。人間ドッグでどうせ採血できるのですから、ちょっとお金をプラスしてがんの早期発見をしたいと思うのが人情です。
腫瘍マーカーで重要視されるのが「感度」です。がんの患者さんが100人いたとして、90人に対して腫瘍マーカーが陽性となったら感度は90パーセントです。10人のがんを見逃してしまいます。
※感度とは実際にがんになっていて、検査で陽性になった人の割合。
がんがあっても見逃してしまう危険性があります
そうなると、感度は高ければ高いほど良いに決まっているように思われますが⋯感度が高い=優れたがん早期発見方法とは言い難いのです。
感度以外に「特異度」があり、これが高くないとがん検査方法としてはめちゃくちゃ優れた方法とは医師の間では一般的には判断されません。
※特異度とはがんになっていない人で検査で陰性になった人の割合。
がんは無いのに、がんと判定してしまうことがあります
腫瘍マーカーにしろ、線虫を使った検査にしろ、いくら感度を高めても、「特異度」という問題が発生します。特異度は偽陽性とも強く関連しています。偽陽性とは本来はがんは無いのに、がんがあると診断されてしまうことです(現在行われているがん検診でも、血液検査以外の検査でも偽陽性は問題をはらんでいます)。
一般的には感度を高めると、特異度が下がってしまいます(私の専門分野である泌尿器領域では前立腺の腫瘍マーカーであるPSAがそれにあたります)。
私が尊敬する「ナトロム」さんはブログでこのように書いています。
特異度を度外視すれば感度100%を達成するのは容易で、検査を受けた人全員を陽性と判断すると、特異度は0%だが感度は100%になる。検査の性能を評価するには、感度と特異度のどちらかだけでは不十分だ。
血液1滴で13種のがんを同時に検出できる検査ってどうなの?
感度をあげると特異度が下がる、血液検査であれ、尿を使った検査であれ、がん早期発見方法は常にこの問題に直面します。
がん陽性と判断されても、がん自体が見つからないことがあります
非常に感度が高く、それなりの特異度が認められているPSA検査、前立腺がんを見つけるための血液検査は泌尿器科医以外でも多用されています。PSAは前立腺特異抗原 (Prostate Specific Antigen) の略で、「特異」とついているので、感度も高く特異度も高いと思われがちです。しかし、PSAが基準値を超えていたとしても前立腺がんが見つからないことも稀ではありません。
尿を使った検査あるいは血液検査で「がん陽性」と判断されても、実際にはがんが体に存在しない場合を「偽陽性」としています。
※この検査ではがんがどこの臓器のものであるかは判定できません。いくら感度と特異度が高くても、検査で陽性となった人の中で本当にがんがあることを示す陽性的中率がどのくらいなのかが問題となります。
前立腺がんの特異的な腫瘍マーカーであるPSAが高い値を示していたら、どうにか前立腺がんを見つけようとMRI検査を行い、さらには前立腺生検で診断を確定しようと多くの泌尿器科医は試みます。
これまた私が尊敬する若手外科医の山本健人先生は東洋経済でこのように述べています。
「腫瘍マーカー高値」という検診の結果を持って患者さんが病院にやってこられ、精密検査をして「何も異常が見つからない」という事態を数え切れないほど経験しています。「腫瘍マーカー」という言葉でありながら、「がんだけで上昇する項目ではない」という点に注意が必要なのです。
東洋経済 がん発見「腫瘍マーカー検査」の知られざる真実
私のクリニックではPSAが高値であった場合、多くの医療機関では入院が必要とされる前立腺生検を日帰りで行っており、入院費の負担・入院という日数の負担軽減に努めています。しかし、検査によるひょっとしたら無駄になってしまう医療費。生検という麻酔をしたとしても恐怖と痛みを伴う検査、生検後の出血や感染のリスクを考えたら、安易に行うことは避けるべき検査だとも考えられます。
がんの早期発見は常に過剰診断・過剰治療問題を避けることができないジレンマが存在します。
腫瘍マーカーや線虫を使った尿検査で「がん陽性」と判断されても、実際は発見できない「偽陽性」をどのようにして排除していくかという大問題が腫瘍マーカー、がん早期発見診断には課せられているのです。
追加してお伝えしておきたいのは、前立腺がんを早期発見できるPSAは感度も高く、それなりの特異度もあります。でも、前立腺がんの場合、将来にわたってその人の生命を脅かす危険性がかなり低いがんの種類もあるので、泌尿器科医はPSAを上回る特異度のある検査の研究が世界中で行われています。
私は広津先生がベンチャーを立ち上げて、線虫を使って尿一滴でがんを早期発見できる検査方法の研究を真面目に行って実用化を目指して、実用化の目処がついたことは全面的によろこばしいことであり応援しております。
実用化によって大規模なデータを蓄積することによって、特異度を高め、確実に治療するべきがんまで判定できるようなレベルにまで「1滴の尿でがんを検知」を極めていただきたいと思います。