ワクチンと援助ボックス ― 届ける側と受け取る側のあいだで

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この記事は、BBC日本語版「ガザ人道財団が配布する『援助ボックス』」の記事を読んだことがきっかけで書きました。

援助ボックスのニュースを読んでいたら、なぜかワクチン推進のことが頭をよぎりました。
どちらも“良かれと思う側”と“受け取る側”の間に、見えない溝がある――そんな共通点に気づいたのです。
私は一度気になると、その連想が頭にこびりついて離れないタイプで、今回もその思考の糸(糸というよりロープレベル)が自然とワクチンの話へとつながってしまいました。

援助ボックスを見て思ったこと

トイレの最中に、このBBC日本語版で援助ボックスの記事を読んでいたら、落ち着くはずの場所で逆に落ち着かなくなってしまいました。

気になる援助ボックスの中身はパスタやひよこ豆、レンズ豆、小麦粉などの乾物が中心なので当然食するには調理が必要。当然の如く調理には水や燃料が必要です。でも、現地ではその水や燃料すら不足しているとのこと。

支援する側は、善意と使命感から動いています。それは疑いようのない尊い行動です。
ただ、「送り届けたものが、現地の生活の中で本当に役立っているか」 という視点が欠けてしまうと、善意が宙に浮いてしまうのです。

数字で語られる支援の盲点

記事によれば

標準的なボックスには計4万2500キロカロリー分の食料が含まれ、「1箱で5.5人を3.5日間養う」ことができる

とのこと。

数字だけ見れば「十分な支援」に見えるでしょう。でも、実際に箱を開けた人は、こう思うかもしれません。

「これをどうやって食べろというのか?」

乾物ばかりでは、鉄分やビタミン、カルシウムが不足します。特に妊婦や幼児には深刻な影響が出る可能性が考えられます。

「数値で見える安心感」と「現実で使えるかどうか」の間には大きなギャップ――この構造は、医療現場でもよくあることです。

ワクチン推進も同じ構造かもしれない

私は医師として、ワクチンが多くの命を救ったという事実を知っています。

しかし、接種率という数字ばかりを追い、打てない人や不安な人の声を置き去りにする風潮を見ると、援助ボックスと同じ構造を感じるのです。

私自身も、患者さんに「ワクチンって打った方がいいですか?」と問われると、これまでは迷わず「打つの一択」と答えてきました。今振り返ると、その答え方は相手の不安や状況に十分向き合っていなかったのではないかと自省しています。

診療の中でも、こんな会話がありました。
「先生、ワクチンって怖いですよね?」
そう言ったのは、以前から生活習慣病で長く通院していた患者さん。
真面目で冷静な人だったので、突然の一言に私は少し驚きました。

それまで不安を口にしなかった人が、実は心の中でずっと迷っていたのかもしれません。
「科学的に正しい説明をする」だけでは届かない瞬間がある――そう気づかされた出来事でした。

また、別の患者さんはこう言いました。
「副反応が怖いから絶対打ちません」と話しながら、診察中にノーマスクで咳をし、手で口を押さえもしない。
「ワクチンは怖い」と言う一方で、感染対策には無頓着な矛盾。

そこには知識不足だけでなく、不安や思い込み、あるいは単なる習慣の問題が絡んでいます。
正しさを押し付けるだけでは、こうした溝は埋まりません。

「届ける」とは何か

援助も医療も、本質は「届ける」ことです。でも、届けるとは「送りつける」ことではありません。

相手が置かれている状況や考え方を理解し、そこで実際に意味を持つ形で機能して初めて“届く”のだと思います。

援助ボックスが命をつなぐための善意の結晶であるように、ワクチンは命を守るための科学の結晶です。
しかし、それが“届いた”といえるのは、受け取る側にとって現実的に使えるときだけです。
この感覚を忘れてしまうと、“正しいはずなのに届かない”という結果を生んでしまいます。

私たちにできること

援助ボックスのニュースは、遠い国の話のように見えますが、実は私たちの身近な問題と重なっています。
医療でも、教育でも、支援活動でも、「正しいことを伝えれば伝わる」とは限らないのです。

私は医師として、患者さんの言葉や行動の背景を探ることの大切さを日々感じています。
「ワクチンは怖い」という言葉の裏には、家族の心配、断片的な情報、過去の体験もあるものです。
だからこそ、“正しさ”を伝えるだけでなく、その人が今どんな現実にいるのかを理解しようとする姿勢が必要だと思っています。

まとめ

援助ボックスとワクチン推進という、一見異なるテーマに共通するのは、「供給者の善意や正しさ」と「受け取る側の現実」とのあいだにある溝」です。善意や科学を信じるからこそ、「どうすれば本当に届くのか」を考え続けることが大切です。

トイレで考えごとをするのが健康にいいかは知りませんが(笑)、この記事を読んで改めて「支援や医療は本当に役立っているのか」と考え込んでしまいました。

私が最近かなり影響を受けている思想家ハンナ・アレントは『行為は他者との関係において成立する』と述べているように、善意や科学も、その文脈に置かれなければ本当には“届かない”。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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