IQ問題:日本に1700万人の“境界知能”?その数字、ちょっと待ってください

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最近、ネット記事などでよく見かける言葉があります。

「日本には1700万人の“境界知能”がいる」「7人に1人が境界知能」(例えば https://gendai.media/articles/-/164706 とか)。

境界知能とは一般に、IQが70〜85程度の範囲にある人を指す言葉として使われます。知的障害とは診断されないものの、平均よりやや低い知的能力のために社会生活で困難を感じることがある、いわば“グレーゾーン”と説明されることが多い概念です。

確かに、学習や理解に困難を抱える人への支援は重要です。しかし、医療者としてこの「1700万人」という数字を見ると、まず最初に浮かぶ疑問があります。

その数字、どこから出てきたのでしょうか

実はこの数字、多くの場合「実際の調査結果」ではありません。統計上の計算から導かれたものです。

IQは一般に、平均100、標準偏差15という設定で表されます。そしてこのIQの分布は、統計学でいう「正規分布(ベル型のカーブ)」になるように標準化されています。

この設定を使うと、IQ70〜85に該当する人の割合は約13〜14%になります。つまりおよそ「7人に1人」。日本の人口に当てはめれば、だいたい1700万人という数字になるわけです。

つまりこの数字は、社会を実際に調査して得られた人数ではなく、

「正規分布を前提に計算した割合を人口に当てはめた推定値」

なのです。

IQという数字は、自然に正規分布しない

ここでさらに重要な点があります。

IQという数字は、自然に正規分布するわけではありません。むしろ逆で、正規分布になるように作られているのです。

心理検査の標準化では、まず大人数にテストを実施し、その点数分布をもとに平均100、標準偏差15になるように換算します。こうして「IQ」という尺度が作られます。

つまりIQは、身長や血圧のようにそのまま測定された数値ではなく、統計的に整形されたスコアなのです。

人間の能力を説明するにはIQだけでは不十分

もちろん、IQという指標自体に意味がないわけではありません。抽象的思考や学習能力の目安として、心理学や教育の分野では長く使われてきました。

しかし、人間の能力を説明するにはIQだけでは不十分であることも、現在ではよく知られています。

例えば近年の研究では、

・実行機能
・ワーキングメモリ
・社会認知能力

などが、日常生活や社会適応に強く関係するとされています。

さらに、教育環境や家庭環境、栄養状態、文化的背景なども、人の能力に大きな影響を与えます。

つまり、当然ですが人間の能力は一つの数字だけでは語れないのです。

「1700万人」という数字のインパクト

ところが「1700万人」という数字は非常にインパクトがあります。大きな数字は、それだけで説得力を持ってしまう。

すると議論は、次のような方向に進みがちです。

「社会に理解できない人が増えている」
「あの人は境界知能だから話が通じない」
「だから社会問題が起きる」

しかし、こうした議論はあまりにも単純化されています。

人の理解力や判断力は、IQという一つの尺度だけで決まるものではありません。医療の現場でも、数字だけでは説明できない多様な能力を持つ人に数多く出会います。

逆に、いわゆる“頭が良い”とされる人でも、社会生活がうまくいかないことは珍しくありません。

人間の能力とは、そんなに単純なものではないのです。

なぜこのような議論が広がるのか?

では、なぜこのような議論が広がるのでしょうか。

一つの理由は、SNSの登場かもしれません。

かつては、人がどのように考えているのかを直接目にする機会はそれほど多くありませんでした。しかしSNSの普及によって、私たちは日常的に他人の考え方に触れるようになりました。

その結果、「理解の差」が可視化されるようになったのです。

以前から存在していた認知の違いや思考の違いが、単に見えるようになっただけなのかもしれません。

それを「1700万人」という数字で説明してしまうと、人間社会の複雑さを見誤る可能性があります。

数字は便利です。議論をわかりやすくしてくれる。

しかし同時に、数字はときに私たちの思考を単純化してしまうこともあります。

数字を見たらその数字はどのように作られたものなのかを見る癖を!!

私たちは数字を見ると、それが客観的な事実のように感じてしまいます。しかし多くの場合、数字は測定方法や統計モデル、そしていくつかの前提条件の上に成り立っています。

「1700万人」という数字も、IQの分布を正規分布と仮定し、その割合を人口に当てはめた計算から生まれたものです。

つまり、この数字は社会を直接数えた結果ではなく、統計モデルから導かれた推定値なのです。

統計はとても有用な道具ですが、前提を見落とすと、数字だけが独り歩きしてしまうこともあります。

だからこそ私たちは、数字を見るときに一つだけ自問してみる必要があります。

その数字は、どのように作られたものなのか。

数字の背景を知ること。
それもまた、科学的に物事を考えるということではないでしょうか。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

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