高齢化社会になると共にがんと診断される患者さんが増加するのは当たり前です。
かつては死亡数の1位は脳血管疾患(脳の血管が詰まる脳梗塞・脳内出血やくも膜下出血などの脳出血)が飛び抜けていましたが、1981年(昭和56年)からは「がん」⋯悪性新生物が日本人の死因の第1位となって今も続いています。
本記事の内容
万が一、前立腺がんと診断されても絶望しないで!長生きできる可能性は高いですよ
ここで気をつけなければならないことは、死亡原因として1位であるから、必ずしもその病気になる人が一番多いとは限らないことです。
例えば2017年にがんと診断される人は101万4000人と予想されています。男女合計だと、がんと診断された人(罹患した人)の内訳としては大腸がんが14万9500人になっています。しかし、実際にがんと診断され亡くなる方は肺がんが7万8000人でトップとなっています(国立がん研究センター がん情報サービス 2017年のがん統計予想より)。
2017年の予想だと8万6100人が「前立腺がん」と診断されることになっています。前立腺がんは男性だけの病気ですが、近年このように急速に増加しています。
男性に限って言えば前立腺がんと診断される人は全がん患者さんの中で胃がん・肺がんについで第3位。しかし、このグラフをご覧ください。
前立腺がんで亡くなるかたは順位で言えば6位となっていますよね。つまり前立腺がんと診断される人は急増していても、前立腺がんで亡くなる方は少ないということがザックリですが読み取れます。
がんの死亡率を下げる一つの対策として、早期発見・早期治療が考えられますが⋯これが全てのがんに当てはまるワケでは無く、早期発見が過剰診断の原因になり、早期治療が過剰治療になってしまう場合もあります。
泌尿器科医を長年悩まさせていた問題がPSA (前立腺特異抗原)と呼ばれる腫瘍マーカー、これがあまりにも敏感であることなんです。
前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の正しい見方
50才を過ぎて尿の出が悪い、夜中にトイレになんども起きてしまうなどの症状で泌尿器科を受診すると血液検査の一つであるPSA検査(前立腺特異抗原 prostate specific antigenの略)を調べられます。一般的にはPASが4以上であると「前立腺がん疑い」と診断されます。
このPSAは年齢によっても基準値を細分化する考え方もあります。50~64才だと3.0ng/mL以下、65~69才だと3.5ng/mL以下、70才以上だと4.0ng/mL以下を基準値(前立腺がんの疑いがない)と診断する施設(多くは人間ドック)もあります。日本泌尿器科学会のサイトではPSAの値によって、どのくらいの確率で実際に前立腺がんと診断されるのかをグラフにしています。
この日本泌尿器科学会サイトの一般方向けのページによると PSAの基準値以下と判断される3.0ng/mL以下であっても20数パーセントの確率で前立腺がんと確定診断されることもありますし、20ng/mLを超えていても20パーセント近くの方には前立腺がんが見つかりません。
PSAが高い=前立腺がん、ではありませんし、PSAが低い=前立腺がんではない、でもありません
実際の診療ではPSAの値の変動、エコー検査、MRI検査などの多くの検査結果を踏まえて、最終的に前立腺針生検で得られた病理検査の結果によって最終的に前立腺がんの確定診断を行います。
前立腺がんは非常に緩慢に育っていくがんです。また、がんと診断されても積極的な治療をしないでPSAの動きを監視する方法もあります。→前立腺がんは治療しても、治療しなくても死亡率に変化は無い⁉との医学論文の正しい解釈。
前立腺がんの監視療法は近藤誠医師のいう「がん放置」とは全く違うものです。
腫瘍マーカーであるPSAが無かった時代の前立腺がんの患者さんは悲惨でした
医学の急速な進歩によって、自覚症状が出る前に検査によってがんが発見されるようになりました。前立腺がんを早期発見できる検査方法であるPSAが実用化され一般的に使用されるようになったのは1990年頃です。それ以前に前立腺がんが早期発見されることは稀でした。
PSAが一般的になる前は
- 泌尿器の病気で泌尿器科を受診して、直腸診で前立腺がんが疑われ前立腺の針生検をした結果前立腺がんと診断された。
- 前立腺肥大症の手術を受け、摘出した前立腺を病理検査に提出して前立腺がんと診断された
以上の二つによって前立腺がんと診断されていました。
①は泌尿器科受診すると、いきなりヘンテコな体位を取らせられお尻から指を入れてグリグリやられる検査方法です。私の先輩で「お前、手袋なんてしていたら微妙な前立腺のがんを発見できないだろ❗素手でやれよ❗」って言ってたオッサンいました(子供が生まれたら、いきなり手袋しだしましたけど)。前立腺がんの場合、硬くなっている前立腺が触診である程度判別できます、しかし、早期発見は職人技でもあり医師によっても差が出てしまう検査方法でした。
②の場合は今思い起こしても胸が痛みます。前立腺肥大症の手術を受けるつもりで入院。病理の結果、前立腺がんが発見された⋯そのまま前立腺がんの治療開始、2週間程度の入院の予定だったのに、それが二ヶ月にも及んでしまった、なんてことが珍しくありませんでした。検査を進めるに従って転移が見つかってしまい、最悪の場合は骨への転移も発見。最終的には前立腺肥大症の手術のつもりで入院したのに、2年間入退院を繰り返し(ほとんどの期間を入院)最終的には社会復帰できないで、病院で亡くなった患者さんもいらっしゃいました。
画期的な検査方法であるPSAですが⋯
前述の①の例であれば早期発見となり、結果的にめでたしめでたし(この時点ですでに転移している場合ももちろんありました)。2の例のようなことを防ぐ意味でも前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA検査が普及したことは画期的なことなのです。しかし、あまりにもPSA検査は敏感であるために(感度が高い、との表現を使用します)、前立腺がんが死亡原因にならない場合であっても「前立腺がん」との診断が下されます。さらにこのような場合も腫瘍マーカーである前立腺特異抗原は高くなります。
- 前立腺の容積が大きい
- 前立腺に炎症がある
- なにがしかの理由でたまたま高かった
以上の3つが原因となってPSAが高い場合もしばしば見受けられます。前立腺がんに対するがん検診、効果を疑問視する派と効果ありと主張する派がありました。この前立腺がん検診に対する評価も本年になってエビデンスが出て来ました。
「前立腺がん検診」有効、有効じゃない論争に幕?意外な結果が出ました❗
PSAの取り扱いもこれでスッキリすると考えます。あとは確定診断で必要不可欠な前立腺針生検の安全性を高めることが宿題として残ります(当院は都内では極々少数の日帰り前立腺針生検実施施設です)。
世の中に出回っている健康関連書籍で「◯◯を食べて前立腺がんが完治❗」とか「△△健康法で腫瘍マーカーPSAがぐんぐん下がった」って感じのものを見かけます。PSAが高い、と言われただけで前立腺がんであると思い悩む必要はありませんけど、泌尿器科を受診することは必要です。