はじめに
医師のキャリアにはいろいろあります。大学病院で研究と臨床に没頭する人もいれば、地域の町医者として日々診療にあたる人もいる。そして近年じわじわと増えているのが「美容医療を最初から選ぶ医師」。
ところが、このタイプの医師を揶揄して「直美」と呼ぶ風潮があります。由来は単純、「いきなり(直)美容」→「直美」。安直すぎる語呂合わせですが、SNSでは案外広まってしまっているようです。
さて、この「直美」、笑って済ませていいのか?それとも時代の必然なのか? 本稿では批判と擁護の両方を整理し、さらに私が28年間の臨床経営で実際に出会った直美医師たちのエピソードを交えて考えてみたいと思います。
「直美」批判派の言い分
臨床経験不足の不安
美容医療は「健康な人に注射するだけ」と見られがちですが、実際にはリスクが山ほどあります。ヒアルロン酸注入による血管塞栓、レーザーによる熱傷、麻酔薬アレルギーなど、命に関わる事態は決してゼロではありません。内科や救急の現場で修羅場を経験していないと、対応が遅れるのではないか──そういう不安は確かに理解できます。
金儲け主義に見られるリスク
「美容に直行=金儲け主義」という印象がつきまとうのも事実です。とくに日本では「医療は清貧であるべき」という幻想が根強く、稼ぐ医師は叩かれやすい。直美という言葉は、その偏見を一層強めてしまいます。
患者さんの信頼を損なう
患者さんは「直美」という言葉を耳にすると、「この先生、本当に大丈夫?」と疑念を抱きます。医師にとって信頼は最大の資産。そこに影を落とす可能性があるなら、軽口では済まされません。
「直美」擁護派の言い分
キャリアの自由
医師だって一人の人間。家庭事情やワークライフバランスを考えれば、最初から美容を選ぶのは十分合理的な判断です。親の介護、子育て、収入の安定──背景は様々です。
専門性の早期確立
美容医療はレーザー、注入、再生医療、美容外科と高度に専門化しています。内科で5年働いたからといって注入が上手くなるわけではありません。むしろ早くから美容一本に絞った方が習得が速いという合理性もあります。
社会的な必然性
美容医療の需要は拡大の一途。担い手不足を考えれば、直美型がいなければ業界は回りません。社会的に必要だからこそ現れている存在とも言えます。
私が出会った「直美」たち
ここからがリアルな話です。28年間クリニックを経営してきた私が、実際に見てきた直美たちの姿をいくつか紹介します。
税金に追われる直美
前年より収入が下がりすぎて、住民税も予定納税も払えなくなったと相談に来た直美がいました。華やかそうに見える美容医師ですが、給与明細は「大学病院フル勤務+バイト」レベルなんてこともあります。
ローンを背負わされた直美
ある直美は、雇われ院長の肩書きと一緒に「医療ローンの残債」まで負わされていました。華やかなはずの美容キャリアが、いきなりサバイバルゲームのような始まり方。笑えません。
情報を持ち出す直美
当院で非常勤をしていたある他科ドロップアウト直美は、患者情報をごっそり持ち出し、院内で「今度ここで開業します」と名刺を配るという荒技を披露。業界に慣れていないからこそ非常識な行動に出てしまうのかもしれません。
投資で失敗する直美
給与が不安定なため、副収入に走り投資で大損する直美もいます。株や暗号資産に夢を託して消えていく姿は、ある意味で「生き急ぎ」の象徴でしょう。
優秀だけど焦っている直美
普通の大学を卒業後に医学部に再入学するほど優秀な人もいます。ただ、そこに漂うのは「早く結果を出したい」という焦燥感。優秀さと不安定さが同居している印象を強く受けました。
悲しい事情を背負う直美
ある医師は、研修医時代に彼女の母親が交通事故で首から下が麻痺し、某有名リハビリ病院の近くに引っ越す必要がありました。大学病院で長時間勤務はできない。だから彼女は美容を選びました。「直美」という軽い言葉の裏に、こんな重い人生の事情が隠れていることもあるのです。
頼もしい直美
一方で、「自分は美容に人生を捧げる。他科から美容に入った医師には負けない」と胸を張る直美もいました。その姿勢には敬意を抱かざるを得ません。
老獪な私の雇用哲学
ちなみに、当院が28年間、無事故・無訴訟でやってこれた理由はシンプルです。
「どこの馬の骨か分からない人は雇わない」。
医局からの人事か、信頼できる友人の紹介か。最低でも三段階くらい友人・知人に尋ねて身元が明確でなければ採用しません(医師の世界はめちゃ狭いのです)。これは老獪な経営者としての生存戦略です。
中立的に整理すると
批判派は「経験不足で危ない」と言い、擁護派は「キャリアの自由」を強調する。
実際の現場は──泣きながら税金に追われる直美もいれば、ローンを背負わされる直美もいる。名刺を配る直美もいれば、美容に人生を捧げる直美もいる。そして、家庭の事情からやむなく直美になる人も。
つまり「直美」問題は、患者の安全と医師の自由のせめぎ合いであり、美容医療業界の制度設計や教育不足を映す鏡でもあるのです。
おわりに
「直美」という呼び名は軽口のようですが、その裏には泣き笑いのドラマがあります。笑える話もあれば、笑えない話もある。医師のキャリア、患者の安全、業界の信頼性──すべてが詰まった縮図です。
結論としてはこうです。
直美を笑うのは簡単。でも、その背後には涙あり、笑いあり、時に破滅あり。だからこそ、偏見ではなく制度と教育で支え、信頼を築いていくことが大切なのです。