ドラッグ・ラグ問題、標準治療やガイドライン至上主義でいいのだろうか?

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私が現時点で悩んでいる進行性の膀胱がんに対する抗がん剤のドラッグ・ラグ。

日本では未承認であっても米国では承認されている抗がん剤を個人輸入のかたちで入手して治療を始めるべきか否か。

有効な薬があるのに使えないドラッグ・ラグ問題

当院の保険治療部門は泌尿器科を中心として行っています。どんどん進化する泌尿器科の病気の治療に置いてきぼりにされないよう、二つの大学から医師を4人非常勤として派遣してもらい先進的な医療を患者さんに提供できるようにしています。

今、非常に悩ましい問題に直面してしまっています。

それはドラッグ・ラグです。

日本以外では有効性が認められている薬、海外の学会や厚生省にあたる機関によって有効性が認められている薬であっても日本で承認されていない薬が数多く存在しています。治療に有効な薬が日本で処方できない問題を「ドラッグ・ラグ」と呼んでいます。

は転移性尿路上皮がん治療薬

http://ke.kabupro.jp/tsp/20200923/140120200923494659.pdf

泌尿器科医である私を悩ませている抗がん剤「PADCEV」、これは進行性膀胱がんの治療に効果があることは間違いありません。

ステージ別膀胱がんの5年生存率

https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/21_bladder.html

遠隔転移した膀胱がんの場合、5年生存率は9.5%となっており生存期間を延ばしたことが治験であきらかになったこの抗がん剤に多くの泌尿器科医が期待をしています。

ドラッグ・ラグ(drug lag)問題は海外では十分効果が認められている薬があるのに、日本ではシステム上薬が承認されるまでに他国と比べて長期間必要となり、治療する機会を逸することに為りかねない問題です。現在、ドラッグ・ラグを短縮するためにいくつかの施策が行われています。

ドラッグ・ラグ関連で以前このような記事も書きました。

ボトックス注射を使った過活動膀胱治療が、やっと日本でも保険適用されました❗

ボトックス注射を使った過活動膀胱治療が、やっと日本でも保険適用されました❗

過活動膀胱へのボツリヌス毒素を膀胱内に注入する治療は保険適用(2020年4月より)です。過活動膀胱は突然トイレに行きたくなり、我慢が難しい尿意切迫感や我慢できずにお漏らししてしまう切迫性尿失禁や頻尿です。ボトックス注射を使った過活動膀胱治療は、どこの泌尿器科でも受けられる治療ではありません。詳しく解説します。

確実にがん治療に効果のある薬であるのに日本では保険診療では使用できない問題

日本の国民皆保険制度は世界に誇れるものだと考えられています。また、学会等で作成されたガイドラインに則った治療を行うことは患者さんはもちろんのこと、治療する医師側にも安心感をもたらすとともに好ましい結果を得ることができます。

遠隔転移した膀胱がん治療薬エンホルツマブ ベドチン

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/hoken/iryokiki/dl/kokunai_list.pdf

厚生労働省の「国内で医薬品医療機器法上未承認または適応外である医薬品等のリスト」でPADCEVは日本では未承認、米国FDAでは承認済みになっています。

私は日々、トンデモ医学に惑わされてしまいそうになっているがん患者さん対して、「標準治療こそ選びに選び抜かれたエリート治療である」「がん治療は保険治療で十分、自費治療で標準治療を上回るプレミアム的な治療は存在しないインチキです!」と伝えています。

海外で十分効果が認められた抗がん剤、しかし日本ではまだ承認されていないので当然保険治療の対象外、日本で使用するなら治療する医師が海外から個人輸入の形で輸入してがん患者さんに使用することになります。

治療したいなら海外に行けばいいじゃん、とはいかない現状

日本ではまだ導入されていないがん治療があります。どうしてもその治療を受けたい方に対して、海外の病院を紹介したことを何例も私は経験しています。例えば米国で前立腺がんの最新の治療を受けた患者さんは数千万円を米国の病院に支払いました。

今回、当院というか私が直面している問題はがんは進行性の膀胱がんであり遠隔転移をしているステージⅣなのです。治療方法としては化学療法、いわゆる抗がん剤治療がガイドラインでは推奨されています。しかし、PADCEVについての記載は2019年の「膀胱癌診療ガイドライン」(日本泌尿器学会編集)ではPADCEVについての記載はありませんし、日本癌治療学会の「がん診療ガイドライン」にもPADCEVについては書かれていません。

現時点ではPADCEVは標準治療には含まれていないのです!

今、私と患者さんが必要としている膀胱がんのステージⅣで使用する抗がん剤は米国では治験が済み有効性が認められFDAも認めた抗がん剤です。「どうしても治療を受けたいならアメリカに行けばいいじゃん、紹介状は書きますよ!」が今までは通用していたのに、世界中が海外からの入国を制限している状態ですから気軽に患者さんもご家族も渡航するわけにはいきません。

再発性膀胱がんに対して承認されたエンフォルツマブベドチン

https://www.cancer.gov/news-events/cancer-currents-blog/2020/enfortumab-vedotin-bladder-cancer-fda-approval

米国では承認されています。

日本で承認されるまで少し待てば?は通用しない状況もあります

その薬が日本で承認され保険診療で使用できるようになるまで少し待つとの選択肢もあります。しかし、その間にがんの転移が拡り重篤な状況になる、最悪の場合、急激に病状が悪化して死亡する恐怖と患者さんは闘わなければなりません。

ちなみにこの抗がん剤の治験は海外で日本人も参加しているとのことです。

日本の製薬会社が関わって、日本人の治験も済んでいる日本未承認の抗がん剤

日本でもトップクラスの製薬会社が米国の製薬会社と手を結んで開発し、治験も済んで良好な結果が出ていいる進行性の膀胱がんに対する抗がん剤があります。この抗がん剤は4週間に3回点滴で使用することによって遠隔転移してしまったがん細胞を退治することが複数の質の高い研究によって確認されています。ぜひとも日本でも使用したいところなのに、

1ヶ月の抗がん剤の価格は日本円で350万円❗

もちろん米国に渡航してこの抗がん剤による治療を受けても同等あるいは以上の金銭的負担に耐えられる方もいるにはいるのですが、治療するにあたっては自由診療となり現在の保険制度だと自由診療と保険診療を混ぜこぜにした混合治療は認められていません。わかりやすく言えば、がん治療に伴う検査等も全て自費でまかなう必要が出てくるのです。

PADCEV (エンホルツマブ ベドチン)膀胱がん治療薬

https://www.astellas.com/jp/system/files/news/2021-02/20210219_jp_3.pdf

海外から医師が個人輸入をして治療に使おうと思ったら、患者さんの気持ちが変わったらどうなるか?

今回、私が悩んでいる海外では承認されているけど日本では未承認の抗がん剤を入手するためには医師が個人輸入する必要があります。私が海外の製薬会社にかなり複雑な手続きを行って350万円相当のドルで相手に海外送金をして、無事国内に輸出されても厚生労働省の薬監に申請をして初めて当院に届きます。この薬監の手続きもかなり複雑であり時間が掛かってしまいます。

手間隙をかけて入手した進行性の膀胱がん用の抗がん剤をいざ患者さんに使おうと思ったら、「先生、やっぱりこの治療はやめます」や「日本で承認されて保険診療ができるまで待ちます」とかの事態になってしまったら350万円はどうなっちゃうの???

商品名PADCEV(一般名エンホルツマブ ベドチン)は間違いなく日本でも承認され、保険適用となるはずなのに・・・。

標準治療至上主義をあらためる必要はあるのか?

「教科書的に正しい治療と患者さんにとって良い医療には違いがある」と医師仲間や患者さんに話すことがあり、漠然とした具体的な言葉であってもなんとなく私が言いたいことは伝わっていると考えられます。

特に開業医の場合は大学病院のように多数の医療関係者の目に触れる、ダブルチェックを受けることが少ないために、例えば「保険病名」と呼ばれる処方をしてしまうことも無いわけではありません。

ドラッグ・ラグがあるために怪しげな自費でがんを治療するクリニックが、「これは海外では承認されている抗がん剤ですから」といってメチャ高額な治療費を請求することにもつながっていると考えられます。

建前と本音、机上の空論、自己満足、などの言葉が脳内をぐーるぐる回り続けている今日この頃の私です。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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