“希望”で医学を語るな──ドネペジル記事に見る医療ジャーナリズムの責任

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名取宏先生(@NATROM)のX投稿の鋭い指摘で知ったネットの医療関連記事に、医師として強い違和感を覚えました。

プレジデントオンラインに掲載されたその記事は、タイトルこそ穏やかでしたが、内容はなかなか挑戦的です。

残念ながら、栄養ドリンクでは治りません…疲労の最新研究でわかった「寝ても取れない疲れの正体」

https://president.jp/articles/-/98889

ざっくり言えば、「新型コロナ後遺症に伴う病的疲労に、認知症治療薬のドネペジル(商品名だと”アリセプト”)が効くらしい」「なのに製薬会社は儲からないから動かない」というストーリーでした。

読者にとっては希望を感じさせる展開かもしれません。しかし、私のような疑い深い町医者からすると、「これはちょっと危ういな」と感じずにはいられませんでした。

臨床試験では、すでに「否定」されている

まず、この記事の最大の問題点。それは「すでに行われた臨床試験の結果が完全に無視されている」ということです。

実は、COVID-19後の疲労感に対するドネペジルの有効性は、名取先生がご指摘のように日本の研究チームによってすでにランダム化二重盲検プラセボ対照試験(PMID: 40094666)として検証されています。

結果は明確で、主要評価項目(疲労尺度)でも副次評価項目(不安・抑うつ・QOLなど)でも、いずれも有意差なし。つまり、「効く」とは言えないということです。

にもかかわらず、プレジデントの記事を書いた医療ジャーナリストと称する方はそのことに一切触れず、あたかも「期待の新治療薬が製薬業界の都合で葬られている」かのような印象を与えています。

これが、偶然の見落としであれば取材不足。意図的な省略であれば不誠実。

どちらにしても、医療ジャーナリズムとしては看過できない姿勢です。

疲労で悩む人たちをどう守るか

日々の診療の中で、「慢性的な疲労感」を訴える方は少なくありません。コロナ後遺症だけでなく、原因が特定できないだるさ、意欲の低下、集中力の欠如…。ちなみに私の専門分野である泌尿器科だと「男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)」であることが少なくはありません。

検査をしても異常が出ない。だからといって、症状が「気のせい」であるはずがない。これまた因みにですが、LOHの場合は検査で異常値が出ます…。

だからこそ、患者は「効くかも」と言われる薬にすがりたくなるのです。
ですがそれは、裏付けがあってこその“希望”であるべきです。

今回の記事のように、すでに否定された仮説を“まだ可能性があるかのように”語る姿勢は、患者にとって誤解と落胆の連鎖を生むだけであり、トンデモなく罪作りだと私は考えます。

医療ジャーナリスト木原洋美氏と「検証なき希望の連続」

この記事を執筆した木原洋美氏は、プレジデントオンライン上で複数の医療記事を執筆しており、いわゆる“医療ジャーナリスト”と記載されています。

そう言えば、ネット上では「自称医療ジャーナリスト」と言えば、特定の方を指したことがありましたね(笑)。

しかし、今回に限らず木原氏の記事には、「専門家の仮説」や「新技術の期待値」を強調しすぎる傾向があります。

たとえば、以前彼女が擁護的に報じた線虫によるがん検査「N-NOSE」も、実用面や検査精度の科学的な検証が不十分なまま、「夢の検査」として広く拡散されました。

私が以前書いた批判記事ね↓

【文春砲】「尿一滴でわかる線虫がんを使ったがん検査」の問題点

【文春砲】「尿一滴でわかる線虫がんを使ったがん検査」の問題点

共通しているのは、「専門家の言葉」と「既存体制への不信」を並べ、読者に“真実に近づいている感”を与える構成です。

でも、科学というのは“検証されたこと”がすべてです。検証をすっ飛ばして「効くかも」という期待だけを並べる記事は、専門家に見える誰かの“声の大きさ”に依存した扇動でしかありません。

プレジデント編集部の責任も、問われるべきでは?

自称か他称かは知らないけど、この医療ジャーナリストさん個人の責任だけで済ませるべき問題でもありません。
プレジデント編集部が、こうした記事を何の検証もなく掲載してしまう体制そのものにも、大きな問題があります。

PVを稼ぐために、センセーショナルな医療ネタに飛びつき、冷静な裏付けも取らずに記事化してしまう。
その結果、誤解や誇張、そして患者にとっては“落胆”をもたらす報道が量産される。

健康不安に悩む人々の心理を逆手に取るような記事構成を、これ以上続けるべきでないと考えています。

名取宏先生への尊敬と、ニセ医学への危機感

今回、この記事の問題点を私に気づかせてくれたのは、医師・名取宏氏のX投稿でした。

私は、名取先生を“同業者”というより、ニセ医学バスターの大先輩として深く尊敬しています(私の方が年齢的には先輩だけどね)。

名取先生が今回の件をXで述べた、

臨床試験で期待されたほど効かなかったという結果が得られたのは成果である。医学というのはこうして進歩するものである。

https://x.com/NATROM/status/1950069194994888995

という言葉に、私は全面的に同意します。

仮説を立てることは大切。
でも、その仮説が「検証され」「否定された」のであれば、そこから学ぶことが、科学の本質です。

その事実を伏せ、希望だけを前面に押し出す報道は、もはや“医療記事”とは呼べないのではないでしょうか。

ちなみに私は“町医者”ではありますが…

そして、もうひとつ付け加えておきたいことがあります。

私は「町医者」ですが、それだけではありません。
実は私は、長崎大学のVERSUS研究会(Vaccine Effectiveness Real-time Surveillance for SARS-CoV-2というプロジェクト)の正式メンバーでもあります。
VERSUS公式サイト

さらに、当院で診療したコロナ患者のデータは、COVID-19後遺症(ロングコビッド)とQOLに関する研究(PMID: 40420202)等でに実際に活用されています。

つまり、現場の肌感覚と、研究データの両方を踏まえて、こうしたテーマに発言しています。
「町医者ごときのお前が語るな」「感染症は専門じゃないだろう!!」と言われないための、ささやかな予防線です(笑)。

「希望」は、誠実な情報の上に築くもの

私自身、医療の現場で「まだ治療法がない」「解明されていない」領域と日々向き合っています。
そうした中で、「希望」はとても大切です。

でも、希望は事実の上に積み重ねていくものであって、事実を伏せて描く幻想ではありません。

患者さんを支える“情報”とは、仮説と検証をきちんと区別したうえで、判断材料として提供されるべきものです。

最後に、少しだけ営業も…(笑)

ここまでお読みいただいた方に、ひとつお願いがあります。

私の著書『“意識高い系”がハマる「ニセ医学」が危ない!』を買う前に──
ぜひ、名取宏先生の『新装版「ニセ医学」に騙されないために』を先に買ってくださいね。

いやほんと、順番としてはまずそっち(笑)。

必要なのは、「誰が言ったか」ではなく、「何が証明されたか」。
そしてそれを、丁寧に、正直に伝えること。

それが、いまの日本に求められる“本物の医療情報”のあり方だと、私は信じています。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

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